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ANSTO

今月のメインは何と言ってもANSTOでのSANS実験だった。

今回は持ち込み機材満載の実験で、我々が出発したのは3月上旬だったのだけど、その二週間前にロックインアンプやらファンクションジェネレーターやらをたくさん輸出してあった。

予定では、僕と共同研究者のOさんが日本を発つ前に装置は現地に届いているはずで、メールでそれを確認してから安心して飛行機に乗ろうと思ったのだけど、運送業者が手間取ったのか出発前日になっても届いていなかった。正確には、オーストラリアには着いているのだけど、通関で止まっていてまだANSTOまで届いていない状態とのこと。

結局、我々の方が機材より先にANSTOに着いてしまい、あとから機材を迎え入れる形となった。
初日はとりあえず荷解きをして、試料をスティックにマウントする作業で終わってしまった。

二日目、測定機器を電源につなぐところでトラブル発生。
元々我々が持って行った変圧器(トランス)がANSTOの安全基準に微妙に適合していないということで、現地のトランスを借りたのだけど、それが240Vto115Vだった。
こちらが持って行った機器の許容電圧はおよそ100V+/- 10%ということで、ギリギリセーフか、アウトか微妙なところだった。とくにシビアなのが高速アンプで、製造元に電話して聞いてみたところ、やはり115Vは危ないだろうということで、これに関しては別途対応策を考えようということになった。

その他のものについては大丈夫だろうと考えて電源を入れていったところ、まずロックインアンプの画面が真っ暗に。。続いてマルチメーターの画面も一度ついてすぐ消えた。。。
この瞬間、悪い予感が頭をよぎり、機器の中の回路も焼けて使用不能になったかと思ったのだけど、幸いヒューズが飛んだだけで済んだ。
替えのヒューズを現地の試料環境担当のNormanに探してきてもらい、なんとか再開しようとしていたところ、この状況を見るに見かねた電気機器安全担当者のJohnが我々の持ってきた100Vトランスの電源ケーブルを改造して、ANSTOの安全基準に適合するようにしてくれた。
このトランスを使ってなんとか全ての機器が動くことを確認して、2日目は終了。

3日目にようやく本格的な電気抵抗測定を始めることができた。電極付けまで済ませた試料を抱えて飛行機に乗って持ってきたのだけど、ANSTOで抵抗を測り始めたら日本で測ったのと全く変わらない抵抗値を出してくれた。
「赤道を超えて同じ抵抗値が再現したよ」とNormanに言ったらそりゃ凄いと非常に喜んでくれた。(ただし、まだビームに当ててすらいないけど、、、)

4日目の木曜日からやっと中性子実験。
今回は薄板状の試料だったのだけど、最初にその試料の側面から入射する配置で実験を始めたいと言ったところ、装置担当者のElliotにそんな実験はcrazyだと言われてしまう。彼は基本的にsoftmatterの人なので、薄板状の容器に入れた試料を板に垂直方向の入射で実験するのが普通だと思っているみたい。ただ、ハードマターの感覚からすると、試料の形状がどうであるかなんて、試料とdetectorの距離に比べたら微々たるものだし、特に今回は吸収も殆どない試料を使っているのだから全く問題はないはず。それをなんとか説明して、とりあえずこの配置で実験を始めることを了解してもらった。

しかし、中性子の測定を始めてしばらくは全くピークが見えなかった。。
おかしいな、何か自分が致命的な勘違いをしているんじゃないか、と疑いたくなったけど、まずは一番初歩的な可能性として、試料の前に付けたCdマスクがビームを遮っているんじゃないかと考えて、試料をまわしてみましょうと提案してみる。すると案の定ωを8°くらいまわしたところでピーク発見。試料をセットした時には目の精度で1~2°の範囲にはあわせたつもりだったのだけど、マグネットに入れる時に回ってしまったか。。

この側面入射の配置でピークが見えたということでElliotとNormanは驚いたみたいだった。ただ、我々にとってはまだスタートラインでしかない。
その後、スティックの角度を再調整し、温度・磁場を最適化していよいよ本題の電流印加実験。
まずは電流を流す前のバックグラウンドとなる測定をして、その後電流印加。「まぁ一発目の測定ってのはたいていunsuccessfulになりがちだよね」などと予防線を張りつつ、SANSパターンを測定してみると、びっくりするほど明確なピークが見えていた。その瞬間、Elliotも大声を上げて喜んでくれてcontrol cabinで皆で抱き合って喜んだ。これはこれまでの中性子実験でも5本の指に入るほどの劇的な瞬間だったかもしれない。(一番はやはり5Gの偏極実験で、電場でCFAOのカイラリティが反転した時かな)

その後は大きなトラブルも無く、順調に実験が進んで途中で解析も進めることができて、非常にきれいなデータを取ることができた。
基本的には自分たちだけで測定を進めることができたので、最終日前日にはElliotが「You are really easy to work with」と言ってくれたけど、その晩遅くに、制御プログラムのちょっとしたトラブルでElliotに来てもらうことになるというオチがついた。。


ビームタイムが終わってもオフベンチで抵抗測定を続けて忙しく作業していたらElliotがあきれた顔で「まったくこいつらは働くのをやめないのか」と言っていた。まぁ僕らはこの実験のために長い間準備してきたのだから、取れるだけのデータは取っておきたいのだ。

ANSTOを去る日、午前中に装置群を日本へ送り返す手続きを済ませると、Elliotが試料の放射線チェックは自分がやっておくから物理から離れてシドニーを見てこいと言う。その言葉に甘えてまずはSymbio wildlife parkへ。コアラやカンガルーを間近に見た後、夕方からはシドニー名物オペラハウスへ。幸いに天気が良く、夕暮れ前のきれいな景色を楽しむことができた。オペラハウスの横から海に面したテラスの大きなカフェで、Oさんはビールで僕はカプチーノで(車を運転するので)乾杯。シドニー中心部の渋滞がひどくて、飛行機に間に合うか微妙だったのですぐに戻ってしまったけど、最後にちょっとだけ観光できたことを伝えるとElliotも「君らは少なくともシドニーの一部を味わったね」と喜んでくれた。


さて、実験がうまく行ったので次は論文。競争が激しい分野なので、できるだけ早く投稿まで持って行けるようにしたい。
また書くべきものがたまってきたな。。。
# by nt-neutron | 2016-03-30 23:49 | 研究日誌
2月

2月は電気抵抗測定の1ヶ月だった。
3月のANSTOでの実験に向けての予備実験なのだけど、今回は中性子と電気抵抗の同時測定なので、実際に中性子に使う試料を使って、こちらでできることはやっておこうというのが狙い。
しかも今回は単純に抵抗の温度磁場依存性を測るだけでなく、トリッキーな測定をする予定なので同じ現象が中性子用のサンプルで再現するかが非常に重要になってくる。

1ヶ月間、試料を切り出しては電極を付けて測るということを繰り返して、正直なところ全く予定通りには行っていないのだけど、やればやった分だけ新しいことが分かって予備実験をやったかいがあったなという実感がある。
ただ、本番の実験が失敗してしまっては意味が無いので、最後まで気を引き締めて行かないと。

それと、今回のANSTO実験にはかなりの量の持ち込み機材を使う予定で、その輸出手続き及びペーパーワークにも相当の労力を要した。とりあえず荷物は今頃海を渡っているはずなのだけど、、、現地で現物を見るまで不安だ。


それと最後の不安はシドニーでレンタカーを借りてのANSTOまでのドライブ。
Oak Ridgeみたいな田舎じゃなくてシドニーだからなぁ。。前に行ったときもタクシーの運ちゃんが怒鳴りあってたし、、まぁとにかく安全運転で行くことにしよう。
# by nt-neutron | 2016-02-29 23:50 | 研究日誌
Berlin

2016年最初の中性子実験はBerlinでの磁場中回折実験だった。
実験の狙いは割と単純で、相図上をひたすら走り回るだけなのだけど、かなりトリッキーな散乱面を選んだ上に14.5TマグネットとDy-boosterを組み合わせての実験だったので、専用のサンプルホルダーを準備してかなり気合いを入れてalignmentをしてきた。
そのかいあって反射もすぐに見つかって、このまま楽に行けそう、、と思ったのが甘かった。その後はトラブルの連続だった。

まず、マグネットの電源ユニットが突然制御不能になった。10Tへ磁場を上げている最中だったのだけど、しょうがないので電源を落として、試料環境スタッフの人が来てマグネットの電流をマニュアルで抜きましょうということになった。彼らはcontrolled quenchと言っていたけど、controlledとはいえどうしてもマグネットは暖まってしまうので、最高磁場はしばらくお預けで低磁場領域を先に測ることにした。

この問題が起きたのが木曜。その後装置担当者のKarelと話していたら「今週末はうちで”セカンド・クリスマス”をやるんだよね」という話が出てきた。なんでも、子ども達のために1月の土曜にもう一回クリスマスをやるんだそうだ。
「外出しても空いてるし、食べ物もおもちゃも安いし、まだ雪も残ってるし、いいことずくめだから」とのこと。家族サービスのネタとしてはなかなか良いアイディアかもしれない。
「子ども達はどう説明するの?まだサンタを信じてるんでしょ?」と聞いたところ「サンタのdutyは最初のクリスマスだけ、セカンドクリスマスは両親が開くイベントと子ども達にも説明してる」のだそうだ。なるほど。


で、その土曜日にトラブルが起こってしまう。冷却中に急にピークが見えなくなり、周囲を探せども核反射すら出てこない。
こんな時WISHみたいなTOF装置だったら一瞬で見つかるのになぁと思いながらも、元あった位置からプラマイ50°探してやはり見つからず。
これは試料が落ちた可能性もあるなと思ってスティックを抜くことを覚悟してKarelに電話をかける。電話で相談したところ、やはりスティックを抜くにはKarelが来た方が良いのだけど、今日はもう酒を飲んでしまったので行けないとのこと。。そうだよね。2nd クリスマスって言ってたしね。
とりあえず対処するのは明日以降になるかなと思って360°のω scanを仕掛けてみたところ、なんと元あった位置から90°ずれたところ核反射を発見。あとあと起こったことと合わせて考えてみると、この時既に試料スペースには多少空気が入っていて、それが原因で試料が側面とくっつきかかって、ωをまわしたときに試料が摩擦を受けて回ってしまったのだと思われる。
一度反射を見つけた後、しばらくその周りをスキャンしてみると再現性も良く実験続行できそうなので、Karelにまた電話をかけて「このまま続けてみるよ、メリークリスマス!」と伝える。。


そこから月曜までは順調に行ったのだけど、Karelはその後風邪を引いてしまって寝込んでしまい、戦線離脱。
そして火曜日にまた反射を見失う。しかも今度は試料スペースの圧力も上がっているし、本格的に大気が流入しているっぽい。案の定、温度を上げようとすると77K付近で一度止まるので、窒素が入っていることはほぼ確定的か。。
試料環境チームの人に来てみてもらったものの、結局リーク場所は特定できないということで、定期的にサンプルスペースを真空引きしながらだましだまし実験続行することになった。



そんな感じでけっこうぼろぼろだったのだけど、一度反射が見つかってしまえばその後の中性子の測定はスムーズに行って、さらにDy-boosterを使わないと到達できない17Tまでの磁気散乱測定がとてもうまく行った。試料環境がばっちりでも、肝心のデータが全く面白くないということは往々にしてあるのだけど、今回は嬉しいことに苦しい環境の中でもデータだけは面白いものが取れたので良かった。


帰ったらもう2月。次なる山場のANSTO実験へ向けて準備を進める月になりそう。
# by nt-neutron | 2016-01-29 23:44 | 研究日誌
BMFO論文online
BMFO偏極論文がonline公開された。

  • Electromagnon excitation in the field-induced noncollinear ferrimagnetic phase of Ba2Mg2Fe12O22 studied by polarized inelastic neutron scattering and terahertz time-domain optical spectroscopy
  • Taro Nakajima et al.
  • Phys. Rev. B 93, 035119 (2016)


レフェリーとのやり取りがちょっと長かった気がするけど、そこそこ順調に行った方か。

この系はとにかく構造がきれいじゃないので、なんとも解釈が苦しいところがある。ミクロなところまで議論を深めようにも構造の部分で躓いてしまう。
ただ、ラッキーなことに、この類似の系について継続して研究していけそうな機会を得ることができたので、実験データを積み重ねることで、接線を引きながら形を描き出すように研究を進めていければ良いかなと思っている。
類似物質のうち、一つは既に中性子の実験まで終了しているので、後は詰めのバルク測定。日本に戻ったら3月の学会までになんとか進めたい。(しかし2月の予定はかなりタイトになりそうだなぁ。)
# by nt-neutron | 2016-01-25 23:36 | 研究日誌
2016
ばたばたしっぱなしで年がかわったという実感が無い。

年初めに研究所内で自分の成果をまとめてPIの先生方に話す機会があった。
実は12月にもあって、これが第2ラウンドだったのだけど、ある程度上手くできたという手応えと、自分に足りないところを思い知らされたという思いの両方が残る事になった。

まず、実験の技術に関してはどこで話してもそれなりのリアクションがある。
ただ磁化を測りました、回折をやりました、だけではなく、自分が見たいと思った状況を実験的に作り出して測るということを大学時代から続けてこれたおかげだと思う。

一方、全くダメだったのが実験結果をミクロな理論に基づいて理解するという点。理論的な解釈を持ち出しているところが無い訳ではないのだけど、Sありき、Jありきで話が進んでいて、電子も軌道も見えてこない。
自分でもそこに興味はあるのだけど、自分の発表の中にそれが自然に出てこないという事は、そこに深く関わるような実験ができてないという事なんだろうな。

単純に理論の知識をつけて今までの実験結果の解釈をリッチにしていくというよりも、新しい実験手法にチャレンジして、よりミクロな議論へ自然と踏み込めるような研究の形を目指せると良いのだけど。

そうやって理想は持つものの、どうしても目の前の作業に追われるばかりになってしまう。
早速来週からはBerlinで実験。これもなかなかトリッキーな高磁場実験なので、苦労しそうな気がするな。どうなることやら。。。
# by nt-neutron | 2016-01-14 23:55 | 研究日誌


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某私大で助教を4年間勤めたあと、現在はR研でポスドク。専門は磁性・中性子散乱。
by nt-neutron
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